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EDIT 2017.10.23 ・ POST 2017.10.23

『オットー・ネーベル展』が日本初の回顧展開催! 知られざる豊かな表現力に触れる

東京都 > 渋谷

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マルチな才能を持ったオットー・ネーベル。81年間の人生に迫る

『オットー・ネーベル展』が日本初の回顧展開催! 知られざる豊かな表現力に触れるの1番目の画像

パウル・クレー《力学値のつりあい》1935年、油彩・紙、厚紙に貼付、宮城県美術館

1892年、ベルリンに生を受けたオットー・ネーベル。若い頃は画家としてのみならず、建築や演劇を学んでいましたが、のちに美術に触れたことでさらなる才能を開花させ自身の活動の幅を広げます。1924年になると、妻となるヒルデガルト・ハイトマイヤーの職場・バウハウスのあるドイツのワイマールへの移住を行なうことに。デザインを学ぶ環境として数多くの人々が集まるバウハウスを近くに感じたことで、ネーベルの表現力にはさらに磨きがかかり、意欲的な創作活動に励むようになりました。

後半生では、若かりし頃の蓄えを存分に発揮し絵画表現で多くの功績を収めます。音楽を絵画で表現したり、線や形による抽象画に挑戦したり、多彩な表現を披露し、こうして現代にまで語り継がれているのです。

同時代に活躍した画家の作品も登場

『オットー・ネーベル展』が日本初の回顧展開催! 知られざる豊かな表現力に触れるの2番目の画像

(写真左から)オットー・ネーベル《秋祭り》1936年、油彩・キャンヴァス、オットー・ネーベル財団
オットー・ネーベル《輝く黄色の出来事》1937年、油彩・キャンヴァス、オットー・ネーベル財団

ネーベルにとって、画家として活動を行う上で大きな影響をもたらした人物がいます。展覧会のサブタイトルにもなっている、シャガール・カンディンスキー・クレーの3名。ネーベルの持ち味である柔らかく鮮やかな色彩感や後半生の抽象画はまさに彼らからインスピレーションを受けたもの。

ネーベルは何に憧れ、何を目指し、そして何を残したのか……時を超えて、作品から聞こえるメッセージとの対話もぜひお楽しみください。

文/鈴木しの

イベント情報

※本記事上の情報は公開時点のものになります。最新情報は公式ホームページにてご確認ください。

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